母乳育児を支援する、愛知県のボランティアグループ「愛知母乳の会」。母乳育児支援、愛知県

エッセイ集

みなさんこんにちは。愛知母乳の会のHPをのぞいて下さってありがとう。このエッセイは、愛知母乳の会の運営委員が持ち回りで徒然に、書き込みます。

愛知母乳のリレーエッセイ

リレー・エッセイの第4回を担当するのは、助産師の新實房子です。
まず、私の責任で前回のエッセイから実に7年もの期間が空いてしまい、読んでくださる皆様や関係の方々にご迷惑をおかけしたことをお詫び申し上げます。本当に申し訳ありませんでした。
さて、この7年間に私自身にも色々なことがありました。もっとも大きな出来事は、3人の孫が生まれたことでしょうか。今回のエッセイは私自身の子育て体験と、私の2人の娘の子育てを比較しながら書きたいと思います。
私自身の子育ては、もう30年以上前の話になりますが、実を言うと母乳育児を徹底して行うことはできませんでした。私自身は完全母乳での育児を強く望んではいたのですが、仕事や子どもの預け先との関係で、6週間の産休が明けた後は残念ながら混合で育てることになってしまいました。
一方で、私の娘たちは、私が叶えることのできなかった完全母乳での育児を実現してくれています。
現在6歳になる最初の孫は2歳の誕生日におっぱいとバイバイすることを決め、本人も納得して卒乳しました。
2番目の孫は1歳過ぎても2時間おきの頻回授乳をするほどおっぱい大好きな子でしたが、1歳7カ月になったある日、「もうおっぱいはいらない」というかのごとく突然おっぱいを飲まなくなり、ごく自然に卒乳しました。
3番目の孫は現在1歳7カ月になり、言葉が早いおませな女の子ですが、まだまだおっぱい大好きな甘えん坊です。普段はお姉さんぶるくせに、おっぱいを飲んでいるときだけは「赤ちゃんなの?」と尋ねるとうれしそうに笑っています。娘は、本人が飲まなくなるまでおっぱいをあげるつもりのようです。
娘たちの育児を見ていて、母乳育児が母子の関係をとても良好にするということを実感させられます。母乳で育てられた子どもたちは他の誰よりも母親のことが大好きで、深く信頼しています。そしてそのことは母親たちにも満足感を与え、子どもへの愛情を育て、母子は強い絆で結ばれるようになると感じます。
孫たちは不安な時、甘えたい時、眠りたい時に母親のおっぱいを求めます。そしてそんな時は、おっぱいが何よりの特効薬となっていると感じさせます。母乳と人工乳のもっとも大きな違いは、母乳がそんな精神面での栄養を子どもに与えることができるという点ではないでしょうか。

愛知母乳のリレーエッセイ

リレー・エッセイ第3回
助産師の鈴木和代さんの後は、小児科医の瀬尾智子です。
わたしと母乳育児との出会いは医学部の学生時代に遡ります。
わたしが最終学年の学生だった夏休みに、国立岡山病院小児医療センターの医学生向けのセミナーに1週間参加しました。
そこには、あの有名な山内逸郎先生がいらっしゃいました。
もう亡くなられて10年以上たちますが、当時(20年以上前)はお元気で、バリバリとお仕事をなさっていました。
山内先生は日本の新生児医療のパイオニアで、晩年は母乳育児推進にそれこそ命をかけていらっしゃいました。
わたしが学生だったのは、1970年代の終わりですが、そのころは、まだ「母乳育児成功のための10ヵ条」もなく、「赤ちゃんにやさしい病院」もありませんでした。
小さな赤ちゃんをおっかなびっくり見学しているわたしたちに、「赤ちゃんは母乳で育てなくちゃいかん」ときっぱりおっしゃっいました。また、「母乳育ちに化膿性髄膜炎はおらん」とも言われました(もちろん、例外はありますが)。
乏しい知識の中で「化膿性髄膜炎は重症の病気」ということは知っていましたから、「そうか、母乳にはそんなに免疫が含まれているんだ。
母乳ってすごいんだ。」と、学生だったわたしには、たいへん印象深かったのを覚えています。
それからわたしは卒業して小児科医になり、一般小児科の研修を終えて、当時できたばかりの母校のNICU(新生児集中医療室)の勤務になりました。
そこでの上司は、岡山で研修を受けた先生でしたから、母乳の大切さはしっかり教えてもらいました。
母乳が当たり前の環境だったので、あまり母乳と人工乳の違いを意識せずに診療をしていました。
自分の3人の子どもも母乳で育てましたが、当時もっと知識があったら、もう少し長いこと飲ませていたのに、などと残念に思うこともあります。
その後、ある産婦人科に勤務するようになり、「母乳だけで育つ赤ちゃん」を見て、目からボロボロとウロコが落ちるような思いをしました。
今まで見てきた「混合栄養の赤ちゃん」や「人工栄養の赤ちゃん」とはまるで違うのです。
小児科医として、「母乳」というものの持つ不思議な力に魅せられました。
また、同時にお母さんたちにとって、「母乳だけで育てる」ということが如何に困難なものであるか、ということもよくわかりました。
そこで、次第に「母乳育児支援」に興味を持つようになりました。
確かに母乳は赤ちゃんを育てるためのものですが、母乳育児の技術をお母さんがマスターする過程は、まさに、育児の基本技術を身につける過程でもあります。
「母乳育児は母と子がお互いに学習して身につけるもの」と言われます。
母乳育児支援にも、系統だった学習や技術や訓練が必要です。
「知っていれば、こんなに楽に授乳できるのに」という知識を伝えることも重要です。
現在は、小児科診療のかたわら、母乳相談外来をしたり、いろいろな場で講演をしたり、文献の紹介をしたりしています。
現在の小児科診療は、「疾病の治療」もさることながら「小児の健康を守る」「育児を支援する」という新しい方向へも向かっています。
「母乳育児支援」は「育児支援」の基礎として、たいへん重要なポイントだと考え、なるべくたくさんの小児科診療に携わる人々に、母乳育児に興味を持ってもらえたらなあ、と願っています。

愛知母乳のリレーエッセイ

愛知母乳の会エッセイリレーは、スターターの産婦人科医小川麻子先生に続いて、助産師の鈴木和代です。

小川先生のおっぱい体験に続いて、私も自分のおっぱい体験を、そして少しだけ愛知母乳の会の運営委員会について紹介させていただきます。
私のおっぱい育児との出会いは、幼い頃(約半世紀も前のこと)、私の実家に里帰りをして自宅出産をした叔母たちの当たり前のようなおっぱい育児でした。
お産で帰ってきた叔母たちの世話をする私の母は「添い乳は何より楽な子育て、覚えなければ損!」が口癖で、添い乳の仕方を叔母たちに積極的に教えていました。
母乳は皆よく出ていたのかミルクなどは無縁でした。
私自身が子育てをした20年余前は、母乳の利点はいわれながらも、「赤ちゃんは3日分のお弁当と水筒を持って生まれてくる」といった考えはなく、ミルクの大活躍の時代でした。
一方、桶谷式の母乳マ ッサージが世に出始めた頃で「痛くない、よく出るおっぱいマッサージ」としてひろがり始めた時期でもありました。
その桶谷式マッサージを受けながら、不足分は他のお母さんのおっぱいからわが子が直接いただいてしのぎました。
つまり「もらい乳」でした。
感染予防の観点が今よりゆるい「よき時代」に助けられ、多少の母乳分泌不足を抱えながらも1年間完全母乳で育てることができました。
この「もらい乳」の習慣は産休明けの保育所でも行われ、夕方になると空腹の赤ちゃん達は巨乳のお母さんめがけ、覚えたてのはいはいでずり寄っていく光景が今でもほほえましく浮かびます。
よくあるように、第1子目は分泌不足でも、第2子目の分泌は良く、巨乳とはほど遠い私でしたが多少なりとも乳母の役目もさせてもらえました。
このように私の母乳育児の助けとなったのは、臨時乳母の存在と添い乳でした。
その頃、添い乳は窒息の危険があるから「やってはいけないこと」でした。
私は幼い頃の母からのインプリントというかずぼらな性格というか、病院から退院すると我が子を自分の布団に引きずり込んで添い寝・添い乳を開始しました。
このスタイルは冬の寒い夜にはお互いに「最高の湯たんぽ」と化すばかりでなく、寝たままの授乳なので疲れた時も楽な楽しいおっぱいの時間でした。
また私にとって、母乳へのゆるぎない信頼が子育てに自信を与えてくれていたようにも思います。
母乳だけのおかげとはいえませんが二人の子どもたちは大病をすることもなく健康で育ってくれました。
子どもたちにとっても母乳は大好きな宝ものだったと思います。
20数年前と今とは時代の変化があります。
現在では安易にもらい乳はできませんが、添い寝・添い乳は推奨する文献も多くなり、一定の注意が必要ですが、自信をもって活用できる母乳育児の心強い味方となりました。
是非この添い寝・添い乳を活用して、赤ちゃん自身に「もらい乳」でなく「マイ母乳」をじっくりと吸い出してもらってほしいと思います。
母乳育児の歴史は哺乳動物が誕生して以来続いています。この他にもいろいろなおっぱい育児の方法があるかと思います。
どうぞご自分にあった方法を工夫しながら、ぜひ母乳育児を楽しんで行っていただきたいと心より願っています。
この愛知母乳の会の運営委員会、ちょっと珍しい変わった会かもしれません。
超多忙なメンバーばかりですが、母乳育児を応援したくて集まった医療関係者たちです。クリニックや病院の医師・助産師、開業助産師、保健師、大学教員などが主で、中には男性医師や「母乳業界の有名人たち」も含まれています。
活動としては、年1回お母さんたちと直に交流していこうと総会を開いて今年で4回目を迎えます。
また年数回、母乳に関連した研修会や催しも開いています。
運営会議も年数回は開いていますがおっつかず、それを補充する電子メール上の会議は24時間体制です。
現在の医療界は残念ながら専門職といえども母乳に理解を示す人ばかりではありません。
また、職種間の立場や意見の違いから、母子にとってふさわしい母乳育児環境を提供できずにいる施設もあるかと思います。
そこで専門職間の職種を越えて一堂に会して「赤ちゃんとお母さん、そして人類の宝ものである母乳」をお母さんたちやその周辺の方々と手を結びながら啓蒙していこうじゃないかと力を合わせているのがこのメンバーなのです。
課題はお母さんたちの力とどのように連携していくかであると思います。
どうぞ今後の活躍にご期待ください。そして私たちの健康な次世代育成のために子育て中のお母さんたちだけでなく、あらゆる人たちのあらゆる力を合わせていきませんか。

愛知母乳のリレーエッセイ

さてリレーのスタートを切るのは、私産婦人科医の小川です。
何て偉そうですが、実は医学部の講座で母乳育児については何も習ってきていません。
もちろんテストに出るかもしれないので母乳の利点欠点。
人工乳の利点欠点は知っています。
おっぱいを作るホルモンはプロラクチン、おっぱいを出すホルモンはオキシトシンなんてのも知っていますが、プロラクチンはママから赤ちゃんを離したら産生が減ってしまったり、愛情形成ホルモンなんて習いません。
頻回おっぱいで射乳ホルモンのオキシトシンの産生増えたりなんて多分聞く耳無かったしせいぜいSMC(セルフマンママッサージ別名諏訪マタクリニック)なんて単語は知ってるぞ!!ってレベルです。
可愛い長女舞のお母さんになるまで、私は産婦人科勤務医でしたが、本当におっぱいの"お"の字も知らずいました。(だって私は卵巣癌の治療やオペに夢中でしたから。。。)
出産後分離不安の激しい私はベビー室の前を動かず、見かねた助産婦長が、お部屋に可愛い舞を返しにきてくれました。
舞が泣いてさてどうしていいかわからない私は先ず、ナースコールで現れた助産婦さんに無知をがんがん怒られて、おっぱいマッサージなんて、恐ろしく痛くて恥ずかしいものを受けます。
その晩は、ホルスタインのように腫れ上がった自分の胸に絶望感と嫌悪感に打ちのめされました。
情けない話です。
でも翌日、大好きな助産婦長さんが訪室して下さり優しくお話をして下さりながら、マッサージとお褒めの言葉を下さいました。なんだかリラックスをし、スーーーと眠れた時から、おっぱいで宇宙が広がる感じが解りかけました。
でもどうしても、可愛い舞と一緒のベッドで寝たりずーーと抱っこしてるのは罪悪だと信じていました。
入院中看護婦さんの足音のたびに怒られると思い、急いで赤ちゃんベッドに寝かしつけて泣かれたものです。
何しろ尊敬するいとこ推薦のスッポック博士の育児書を完璧に読んでいるつもりでした。(最近の改訂版にはそんなことは書いてありません。念のために・・・)
退院してからも、実家にはボトルとミルクがなかったので、体重が増えず悩んだ時もあったけれど無事続けられました。(後で実家の看護婦さんに聞きましたがミルクがなっかのは、産婦人科医の母の戒厳令だったようです。)
新米ママが、毎日計る体重にげんなりしていた或日、おばあさんの保健婦さんが、あの恐ろしくいい加減なバネ計りで、可愛い舞をヒョイとつりさげ、「あら大きくなったとるね。」っと、スペシャル・プロフェッショナル・スマイルで褒めてくださいました。なんだかマタマタ力が抜けて、毎日の舞の体重測定業務はやめました。
1ヶ月検診はちょうど1キロぐらい増えた2ヶ月近くに出かけました。大好きな助産婦長さんに娘の発育と私の頑張りを労われて嬉しかったです。
2ヵ月後の産休明けの日、教授と医局の先輩に、なんと母乳育児を褒められたのです。(いつも亀亀と怒鳴られてるのにです。。。。)
これで働くおっぱいマシーンママも頑張れます。突発をやった6ヶ月まで欠勤なしです。
ちなみに今でも舞は皆勤賞です。
なんだか情けない体験談ですが、私がママ達に伝えたいのは赤ちゃんと一緒にいたいという気持ちは普通のことだし、赤ちゃんに聞けばたいていのことを教えてくれるということです。
もう一つ、育児友達はかけがいの無いおっぱいサポーターです。
お互い泣いたり笑ったりたくさん助けられました。
夫や家族の考え方も大切ですね。産前教育在るのみです。
医療スタッフにお願いしたいのは、どうぞママと赤ちゃんを褒めてあげてください。
ママ達はいつもドキドキしています。赤ちゃんのために自分がきちんとできているか不安だらけです。
まだまだいっぱい私のおっぱい失敗談はあるけれど、ともかく舞は可愛い。
弟の健一君も1歳半まで、末っ子彩は4歳まで楽しませてもらったおっぱいライフの原点は優しいスマイルと褒め言葉です。
お互い上手にママ達をサポートしていきましょうね。そのことで私たちもたくさん救われます。
頑張れ愛知のママたち!!そしておっぱい応援団!!次は小児科医瀬尾先生からのメッセージです。おたのしみに。。。